【介護者虐待】 vol.15


◎お詫び

 今回は、非常に長く(文の量が多く)なってしまいました。
 どうか御容赦願います。


●喜ばせ屋

 NHKの痴呆(認知)症関連番組には、“喜ばせ屋”的なものが
 非常に多いです。
 見ていてもムカツクだけの番組がほとんどです。
 こういう番組は、結局、苦悩している人たちの感情を逆撫でする
 ことになるだけなのですがね。
 NHKは、そういう「心の傷」には全く無関心のようです。
 そう、視聴率さえ稼げればいいわけです。
 これでも公共放送のつもり?

 昨年(だったと思います)7月11日の「生活ほっとモーニング」
 も、その手の類だったようです。
 「認知症の“こころ”に触れる 〜バリデーションの試み〜」と
 いうものなのですが、いわゆる舶来品(笑)のようです。
 いかにも文マルが好みそうなネタです。

 残念ながら、私自身は、この番組を見ることができませんでした。
 そこで、NHKのホームページを見たところ、こんな解説が載っ
 ていました。

 《認知症になると、本人は何もわからなくなり、認知症の人と
  コミュニケーションをとることは難しいと思われていました。
  今、認知症の人たちと心を通わせせる「バリデーション」と
  いう方法が介護の現場で注目されています。バリデーション
  は、アメリカの介護現場で開発され、最近、日本の介護現場
  で使われ始めたものです。
  「バリデーション」とは、いったいどんなものなのか?実際
  に使われている介護の現場を取材しました。また、「バリデ
  ーション」の考え方を、在宅での介護でもうまく取り入れて
  いる事例もあわせて紹介、認知症の人とのコミュニケーショ
  ンについて考えました。》

 まず驚かされるのは、「認知症になると、本人は何もわからなく
 な」るとしていることです。
 一体、誰がそんなことを言ったのか?
 実際に痴呆症の人に接すれば、決してそうは思わないはずです。
 要するに、“痴呆系人権屋さん”たちは、自分で勝手に間違い
 をおかしておいて、他の人たちを責め立てているわけです。
 どうしようもない連中です。

 それはともかく、「バリデーション」とはどういうものなのか?
 同ホームページの解説によれば、こうなっています。

 《●バリデーションのテクニック

   1.センタリング(精神の集中)
   2.事実に基づいた言葉を使う
   3.本人の言うことを繰り返す
   4.極端な表現を使う
   5.反対のことを想像する
   6.過去に一緒に戻る
   7.真心をこめたアイコンタクト
   8.あいまいな表現を使う
   9.はっきりとした低い優しい声で話す
   10.相手の動きや感情に合わせる
   11.満たされていない欲求に目を向ける
   12.好きな感覚を用いる
   13.ふれる
   14.音楽を使う

    バリデーションの基本は、お年寄りの気持ちを共感をも
   って受け入れることです。
   そして、相手のことを「わかりたい」という気持ちを伝え
   ます。》

 当たり前のことや、抽象的な(具体性が無い)こと、そして何よ
 り独善的なことが多いですね。

 「精神の集中」無しに接する人なんて、いるの?

 「事実に基づいた言葉を使」わない人なんて、いるの?
 そのくせ、「あいまいな表現を使う」なんて言っています。
 この二つ、矛盾してません?

 自分では「真心をこめたアイコンタクト」のつもりでも、相手が
 そう思ってくれないかもしれませんよ。

 相手の感情(10)とか、満たされていない欲求(11)とか、好き
 な感覚(12)を知るためには、コミュニケーションがとれないと
 駄目なはず。
 コミュニケーションをとるために、コミュニケーションがとれて
 ないと知ることが出来ないことに依存するとは、あまりに人をバ
 カにした話です。

 低い優しい声で、はっきりと話すなんて、声優さんとかでもない
 かぎり極めて困難なことだと思うのですが…。

 その人の過去や時代のこともろくに知らないで、「過去に一緒に
 戻る」なんて、そうそう簡単に出来ることではないと思いますよ。

 「極端な表現」とか、「ふれる」とか、「音楽」とかについては、
 本人の趣向の違いが問題になってくるのではないでしょうか?
 それに、異性の場合(異性ではなくても?)、下手に「ふれる」
 とセクハラという虐待行為にされてしまうおそれもありますし…。

 「本人の言うことを繰り返す」のも、症状の程度によっては、相
 手を怒らせてしまうこともある。
 本人の性格も関係してきますね。

 NHKなどが持ち上げるケアの類を見ていて、いつも奇妙に思わ
 せられるのは、性格や境遇などの違い、すなわち、個人差という
 ものが無視されていることです。
 画一的なのです。
 これって、文マルの特徴なんですけど…。
 もはや、正体は明らかでしょう。

 これだけ見ても、そのいかがわしさは明らかだと思います。
 実際、同ホームページは、こう結んでいます。

 《バリデーションは万能ではなく、全ての「認知症」に効果が
  あるわけではありません。》

 人をバカにしきってますね、これ。
 健康食品とかの宣伝とおんなじじゃん!
 批判(責任追求)を巧みにかわすテクニック。
 その空虚さを自分で認めちゃってます。
 やはり、単なる“喜ばせ屋”的ネタにすぎなかったわけです。 
 いかにもNHKらしい企画です。


●やはり存在しない確かなケア

 こうした新たな試みが存在することの裏には、ある重要な事実が
 隠されています。
 それは、「確かなケアなど存在しない」という事実(というより
 現実かも…)です。

 そう、痴呆症患者のケアなど、そう簡単に見つかるものではない
 のですよ。
 治療法や薬などの物質面での技術は日進月歩かもしれませんが、
 ケアはそうはいきません。

 結局のところ、まともなケアというものは、それにかかわる人た
 ちの犠牲的精神に依存している…ということです。
 そして、さらに言うならば、良質のケアほど金がかかる…という
 ことも否定できない事実です。
 これは、貧乏人(の家族)は、それなりのケアしか受けられない
 ということです。
 だから、多くの人たちが苦悩しているのではありませんか!
 こういう事実・現実から目をそむけているのが、NHKをはじめ
 とする“痴呆系人権屋さん”たちなのです。

 次に、そうした実例を一つだけあげてみたいと思います。


●本当に家族なの?

 今月17日に、患者と家族で作る「認知症の人と家族の会」なる人
 たちが、全国の街頭で、パンフレットを配って認知症という病気
 への理解を呼びかけたそうです。
 NHKは、この模様をヨイショ報道していました。
 「革命の武器」として、よほど利用価値がある…と考えているの
 でしょうね。

 実際、NHKオンラインの報道内容を見ると、案の定、家族など
 の介護者を卑しめ、患者に対する同情ばかりを煽るものでした。
 こんな調子です。

 《しかし、病気への理解不足から家族が患者を虐待したり、本
  人が将来を悲観して自殺したりするケースが跡を断たないほ
  か、認知症に対応した介護施設の不足から適切な介護を受け
  られないなど数多くの問題があるということです。》

 「家族の会」と称するのなら、なぜ家族の苦しみを理解してやら
 ないのでしょうね?
 なーんか、臭います、この人たち。
 本当に介護で苦労したことのある人たちなの?

 そもそも、痴呆の介護していたら、ビラ配りなんかしている暇は
 無いと思うのですがね。
 超〜怪しい。

 配ったパンフレットには、症状や適切な介護の方法が記されてい
 たそうですが、確かな介護方法なんて無いのが現実ですよ。
 そもそも、そんなものがあるのなら、介護の施設なんか必要無い
 はずでしょう。
 家族の会の川村セツ子なる人物は、「正しい理解と地域のサポー
 ト態勢があれば、認知症でも充実した生活を送ることが可能なこ
 とを知ってほしい」と言ったそうですが、言っていることが完全
 に矛盾しています。

 先の「バリデーション」の場合でもそうだったように、この種の
 輩は、ほんと、矛盾が平気です。
 言うまでも無く、矛盾をありがたがるのは、文マルの特徴です。

 そういえば、ビラ配りも、文マルが好むイベントです。
 ちなみに、この日のビラ配りは、今月21日の「世界アルツハイ
 マーデー」を前にした(=意識した)ものだったようです。

 あの〜、痴呆症って、「世界アルツハイマーデー」に多発する病
 気というわけではないんですけどー。
 そんなの関係無しに発病するんですけどー。

 どこか政治運動色の強さを感じさせますでしょう。
 やはり怪しい人たちです。

 私なら、こんな訴え方は絶対にしませんね。
 むしろ、負担軽減や、介護施設やサポート体制などの充実を、国
 や地方自治体(すなわち政治家やお役人)に訴える運動や、その
 理解を求める署名運動とかをすると思います。
 それがフツーの人間のやることだと思うのですが…。
 少なくとも、拉致被害者の家族会の人たちを見習うならば、そう
 するでしょう。


●猿真似は文マルの十八番

 ここで気になるのは、「家族の会」という名称です。
 先ほども述べたように、彼らは、とても、痴呆症患者を抱えた人
 たちとは思えないような活動をしているのです。
 たとえ、実際に痴呆症患者を抱えていたとしても…。
 同じ思いをしている人たちと共感しているとは、とても思えない。
 ならば、一体、彼らは何者なのか?

 すぐ上の項の終わりの部分で、拉致被害者の家族会のことを述べ
 ました。
 実は、ここが非常に気になるところなのです。
 つまり、「家族の会」という名称です。
 これは、拉致被害者の家族会のことを猿真似したものではないの
 か?
 そんな疑惑が浮上してくるのです。

 実際、文マルたちは、猿真似が大好きです。
 敵の猿真似をすることで、自分たちの正体を隠したり、護身に役
 立てたりすることが、よくあるのです。

 こんなことが実際に起こっています。
 以前、朝日新聞は、拉致問題のことを、日朝国交正常化の「障害」
 になっているという主旨のことを述べて、大顰蹙をかいました。
 ところが、それから間もなく、(主に北海道の)文マルたちの間
 で、こんなことが言われるようになったのです。
 「障害者という言い方は差別的だ!」と。
 これが、朝日新聞に向けられた批判を猿真似したものであること
 は明白でしょう。

 そもそも、マルクス主義は、猿真似の産物なのです。
 様々な分野の先人たちのアイデアをごたまぜにして(専門的には
 批判的に継承して)生まれた擬似科学思想が、マルクス主義なの
 です。
 そんなもんですから、水と油を混ぜるようなことも平気でやって
 いるわけです。
 そういう矛盾を正当化するのが、弁証法的唯物論なのです。

 とにかく、このように、マルクス主義は猿真似の産物(故に、猿
 の浅知恵)なのです。
 となれば、文マルたちが猿真似好きであっても、なんら不思議で
 はないでしょう。

 なぜ猿真似好きなのか?
 それは、彼らが、思考力も想像力も調査意欲も無い連中だからで
 す。
 だから、人のアイデアを盗むしかないわけです。
 それも、勘違いな方法で活かそうとする。
 盗んだものゆえ、正しく理解していないのですから、誤用・乱用
 することがあっても、何ら不思議ではないでしょう。

 こんな調子ですから、同じ「家族(の)会」でも、雲泥の差が出
 てくるのは当然のことなのです。

 彼らの正体は、今や明白です。
 そんな彼らを持ち上げているNHKの正体も明白!
 こんなものに受信料など絶対に払うべきではありません。
 昔のNHKは違いましたが、今のNHKは、この地上から抹殺さ
 れるべき有害吸血メディアにすぎません。


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発行者:media
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