【ブライデン夫妻ブームを斬る】 vol.7


●記憶を失う恐怖が意味するもの

 クリスティーン(・ブライデン)さんは、記憶を失う恐怖につい
 て語っています。
 こういう心境については、私も理解しているつもりです。(そう
 いう人の声を聞かされた経験があるので…。)
 ただ、ここで情緒的なものに流されてばかりいてはいけないと思
 うのです。
 それは、次のような理由からです。

 まず、記憶が失われていくことが自覚できるのは、症状がまだあ
 まり進行していない証拠であるということです。
 痴呆の症状がある程度以上進んでしまうと、記憶が失われている
 ことさえ自覚できなくなるのです。
 こうなると、もう、進行を遅らせるのが精一杯です。
 このことから、クリスティーンさんは、早期発見された幸運な例
 だった…と言えるでしょう。

 ここで厄介なのは、ごく初期の段階でも、記憶が失われているこ
 とに気付かない場合が多いことです。
 つまり、記憶が失われていることを自覚できるかどうかという点
 で、

  1.自覚症状のない段階
       ↓
  2.自覚症状のある段階
       ↓
  3.自覚症状のない段階

 という、少なくとも三つの段階があるわけです。

 で、第一段階で発見することは、まず不可能でしょう。
 ということは、第二段階(以降)でしか発見できないことになり
 ますね。

 そこで問題になるのが、第二段階で間に合うのか?、ということ
 です。
 第二段階からの進行が遅い人の場合は、間に合うでしょう。
 しかし、そうでない人の場合は、間に合わないのです。
 ここに、早期発見の難しさ(の一つ)があるわけです。
 早期発見ができなければ、ケアの効果もあまり期待できません。
 このことから、安易に宣伝できるものではないことがおわかりい
 ただけると思います。


●患者の人格の問題

 次に問題なのは、患者の人格の問題です。

 世の中には、いろんな人がいます。
 そこで問題なのは、傲慢な人間や、自分に甘い人間や、プライド
 の高い人間や、自己陶酔的な人間や、頑迷な人が、はたして、記
 憶が失われていることを自覚できるか?、ということです。
 答えはおそらく「ノー」でしょう。
 さらに、軽薄な人間や、無責任な人間の場合も、そうでしょう。

 そういう意味では、クリスティーンさんは、極めて幸運な例だと
 言わざるを得ないのです。
 誤解の無いようお断りしておきますが、彼女自身が幸運だったと
 言っているのではありません。
 彼女のような人格者が存在したことが、ブームの仕掛け人たちに
 とって幸運だったと言っているのです。

 この世の全ての人が、彼女のような人格者ではありません。
 もしろ、そうでない人のほうが圧倒に多いのです。
 それを忘れてもらっては困るのです。


●患者の地位の問題

 権力ある者は、記憶が失われていることに気付くことが可能でし
 ょうか?
 これもまた、極めて疑問です。
 権力の無い者は、周囲から咎められて、嫌でも悟ることになるで
 しょうが…。
 権力ある者に対し、「あんたはボケている!」なんて言えますか?

 これもまた、早期発見(治療)を難しくする要因となるでしょう。


●虐待と痴呆

 最近、子供に対する親の虐待のことが話題になっていますね。
 そこで問題なのは、虐待好きな親が痴呆になった場合、子供は親
 に向かって「ボケてる」なんて言えるか?、ということです。
 これもまた、すぐ上で述べた問題と同じですね。

 また、こんな問題もあります。

 痴呆になると、言動がおかしくなります。
 ですが、もともと虐待を働いている親の場合、子供は、親のおか
 しな言動を、「いつものこと」としか思わないでしょう。
 あるいは、「性格の問題」としか思わないかもしれません。
 「それらが歳のせいで酷くなっただけだ」と。

 あるいは、最悪の場合(虐待が酷く、自分に自信が持てなくなっ
 てしまっている子供の場合)、親ではなく、自分のほうに非があ
 ると思ってしまうかもしれません。

 虐待自体、狂った行為なのですから、見分けがつきません。
 こうして、発見(治療)が遅れてしまうのです。

 ま、本人にとっては自業自得ですむことかもしれませんが、親の
 面倒をみなくてはならなくなる子供にとっては、たまったもので
 はありません。

 ついでながら、虐待好きの親は、痴呆になる可能性が極めて高い
 と考えられます。
 なぜなら、虐待は負の感情の産物であり、負の感情は脳にとって
 大きなストレスになるからです。
 こうしたストレスは、痴呆の原因に大いになり得ます。
 こういう親をもった子供は、一生、親のことで苦労させられるこ
 とでしょう。

 このように、早期発見には、様々な現実的問題があるのです。
 これらは、医者が解決してやれる問題ではありません。
 そういうこともろくに知らずにブームを煽るというのは、まこと
 に軽薄なことだと言わざるを得ないのです。


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発行者:media
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