【くたばれ!友情論】 vol.51


●日本国民は友だちじゃない福田政権

 たとえ、毒入りギョーザで被害者が出ようとも、あるいは、チベ
 ット人が何人虐殺されようとも、「友だちの嫌がることはしない」
 論で、中国共産党に媚を売り続ける、福田政権。
 そーか、福田政権にとって、やっぱ、日本国民は友だちじゃ〜な
 かったのねー。
 だから、「75歳以上は非国民」医療制度だの、道路利権保護税率
 復活だのといったことに、何の罪悪感も覚えないわけですね。
 もちろん、チベット人も、友だちじゃない。

 でもさー、そんなことしてると、いつかは“しっぺがえし”くら
 っちゃうよ。
 ま、その時が見モノですね。

 とにかく、友情オタクは、贔屓や差別が大好きです。
 そもそも、友情というものが、そういう性格のものですから。
 別に驚くべきことではありません。


●同性愛こそ差別

 いや〜ぁ、驚きました。
 NHK教育TVが、同性愛ヨイショ番組やってました。(笑)
 4月28日と29日の『ハートをつなごう』という番組です。
 「ゲイ/レズビアン」がテーマ。

 「ホモ」と言わずに「ゲイ」と言うところが、さすが“人権屋さ
 ん”らしいところですね。
 「レズ」も「レズビアン」と…。

 ま、この『ハートをつなごう』という番組が、文化マルキシズム
 系の番組ですからね。
 一見、福祉をテーマにしているようで、実は思想洗脳番組だった
 りする。
 ま、そんないかがわしい番組ですから、同性愛ヨイショぐらい、
 別に驚きもしないのですがね。
 ですが、同性愛をヨイショすること自体は、やはり見過ごせぬ反
 社会的行為です。

 な〜んて言うと、「古臭い」と思いますか?
 でも、決してそうではないのですよ。
 同性愛は、やはり、反社会的なのです。
 なぜなら、同性愛は人を差別する行為になるからです。

 その理由を、以下で説明したいと思います。


●愛の多くは差別的

 愛にも種類があります。
 そして、残念ながら、ほとんどの愛は、選択的です。
 つまり、特定の人(やもの)を愛するわけです。
 それ以外は、軽視、無視、敵視。
 それ故、差別的なのです。

 差別的でない愛は、博愛と言われる愛だけです。
 それ以外の愛は、実は、差別的なのです。


●同性に対する差別

 同性愛の愛は、博愛とは明らかに違います。
 全てを愛するわけではない。
 特定の同性を愛するだけです。
 その他の同性は、軽視、無視、敵視。
 それ故、同性を差別することになるのです。


●異性に対する差別

 同性愛は、また、異性を差別することでもあります。
 異性を、軽視・無視・敵視しますでしょう。
 それ故、異性を差別することになるのです。

 同性の方がいいということは、異性は駄目ということです。
 これは、異性に対する差別ではありませんか。
 少なくとも、博愛とは明らかに違うはずです。
 博愛なら、異性でもよい(同性でなくてもよい)はずなのですか
 ら。


●許される差別とは?

 博愛以外の愛は、差別なのです。
 友情と同じです。
 全ての人を平等に扱っていないでしょう。

 では、なぜ異性間の愛は許されるのか?

 否、異性間の愛だって、無制限に許されているわけではありませ
 ん。
 たとえば、不倫や近親相関は許されていないでしょう。

 逆に、同性間でも許される愛がありますね。
 たとえば、親子などの家族愛です。

 こういう話をすると、混乱しますか?
 では、ちょっと頭を整理しましょうかね。

 異性間の愛で許されるのは、結婚、もしくは、それを前提とした
 付き合いだけです。
 人間には性欲がある。
 これは、どうにも出来ない。
 ですから、性的秩序の安定のためには、そういう愛を認めざるを
 得ないのです。
 現実問題として。

 また、人間には、生殖の問題がある。
 異性間の愛を禁じては、子孫が途絶えてしまう。
 人類が絶滅してしまう。
 だから、許されるわけです。

 逆に、結婚を前提としない異性間の愛(たとえば、不倫)が認め
 られないのは、そうした現実的な理由が無いからです。
 また、近親相関は、障害児が生まれる危険性を増すことになるの
 で、これまた認められないわけです。

 一方、親子愛が認められるのは、子育てや、(年老いた)親の介
 護といった問題があるからです。
 愛でもなければ、こういう辛いことなんて、やってられないでし
 ょう。
 十分な金でも貰えない限り…。

 許される差別(=愛)には、そうした現実的な理由が、ちゃんと
 あるのです。
 ですから、逆に、そうした理由がない愛は、単なる差別にしかな
 らないのです。
 つまり、それは、欲望でしかない!

 ここまで分かれば、「同性愛が、なぜ許されないのか?」という
 ことも分かるはずです。


●治したくないから悩む

 同性愛は、レイプ狂と同じ異常性欲です。
 ですから、そうした嗜好があれば、悩むのは当然です。

 ところが、少なからぬ同性愛者たちは、そういうことで悩んでい
 るのではないのです。
 同性愛者だと迫害される…と思っているから悩むのです。

 別の言い方をしますと、彼らは同性愛志向を矯正したくないから
 悩むのです。
 これは、性同一性障害者などにも見られる傾向です。
 彼らは治したくないから悩む。

 困ったことに、世の中には、同性愛者や性同一性障害者のことを
 差別被害者のごとく同情して扱う連中がいます。
 通称「リベラル」、いわゆる文化マルキストたちです。

 同性愛や性同一性障害は、単に風紀を乱すだけでなく、少子化の
 原因にもなります。
 また、自分の義務を果さない人間を増殖させることにもなります。
 その他、様々な混乱を引き起こす。
 これは、革命をおこすのに都合のいい状況と言えます。
 だからこそ、彼らは、これらをヨイショするのです。

 ちなみに、今のNHKは、文化マルキストの巣窟です。


●性に対する誤ったイメージを刷り込まれた被害者たち

 同性愛者も、性同一性障害者も、実は、性に対して偏見をもった
 人たちなのです。
 言い方がちょっとキツすぎますか?
 ならば、こう言い直しましょう。
 「性に対する誤ったイメージを刷り込まれてしまった人たち」と。

 同性愛者たちは異性に、性同一性障害者は同性に、それぞれ、誤
 った悪いイメージを抱いているのです。
 だから、好きになれない。
 だから、同性を求めたり、異性になりたがったりするのです。

 敢えてキツイことを更に申し上げるならば、同性愛者は同性のこ
 とも、また、性同一性障害者は異性のことも、正しく理解しては
 いません。
 ある意味、彼らは非常に幼稚な人たちと言えます。
 刷り込まれたイメージに、いつまでも囚われているのですから。

 同性愛者や性同一性障害者が差別被害者だなんて、とんでもない!
 差別しているのは、むしろ、彼ら自身の方なのです。
 だから、同性愛者や性同一性障害者であり続けてしまうのです。
 同性愛者は異性を、性同一性障害者は同性(という性)を、それ
 ぞれ受け容れられない。

 興味深いのは、彼らに性の誤ったイメージを刷り込んでいるのが、
 実は、彼らに同情する態度をとっている文化マルキストであるこ
 とです。
 同性愛者や性同一性障害者は気付くべきです。
 自分が洗脳され利用されていることを。
 その点でこそ、彼らは間違い無く被害者なのです。


──────────────────────────────
発行者:media
──────────────────────────────

バックナンバーへ