【マルクスとアインシュタイン】 vol.23
◎お詫び
発行が長期間滞り、申し訳ありません。
◎マルクス主義の実態(その21)
(注)初読の方は、まず、vol.1〜22をお読み下さい。
→ http://mediax.hp.infoseek.co.jp/mm5/bn.htm
●感覚志向という原点
今回は、まず、人間の感覚について考えてみたいと思います。
マルクス主義、特に文化マルキシズムの原点には、感覚志向が見
られます。
つまり、客観性よりも(自分たちの)感覚を重視する傾向です。
より具体的に言うならば、“客観的事実”よりも“感覚でとらえ
られたもの”を重視する傾向です。
このため、芸術的なところがあるわけです。
共産主義体制が崩壊しても、マルクス主義が「文化マルキシズム」
という形で生き残れたのは、決して偶然ではありません。
●感覚の限界
みなさんは、振り向かずに、後ろが見えますか?
普通の人は見えませんよね。
ま、剣の達人などは「背中に目がある」なんて言いますが、それ
でも字が読めるほど見えるというわけではないでしょう。(笑)
これは何を意味しているのか?
それは、人間の視覚には限界があるということです。
ごく限られた範囲しか見えないのですよね。
だから、後ろも見えないわけです。
「視野」という概念があるのは、そのためです。
では、次。
みなさんは、どのくらい遠くのものまで見えますか?
うんと遠くのものは見えませんよね。
これまた限界があります。
こちらは、見えることが出来る距離の限界ですね。
「視界」という概念があるのは、そのためです。
(注:視野と視界の区別や定義は、実際には曖昧な場合が多い
ようです。)
さらに…
非常に小さいものも見えませんね。
見える大きさの限界。
これに関しては、「視力」(カメラなら「解像度」)という概念
があります。
非常に大きいものも見えませんね。
視野や視界からはみ出してしまうようなものは。
大きい方にも限界があるわけです。
ついでに…
暗いところでは、目が見えませんね。
逆に、まぶしくても見えません。
ま、他にもいろいろあるのですが、これぐらいにしておきましょ
う。
要するに、ここで気付かなければならないのは、人間の視覚には
限界があるということです。
そして、そのことから、人間の目には、ごく限られたものしか見
えない…ということがわかるわけです。
限界があるのは、視覚だけではありません。
人間のあらゆる感覚には、限界があるのです。
ですから、人間は、ごく限られたものしか知覚・認識・把握でき
ない生き物なのです。
これが極めて重要なことなのです。
人間が決して神にはなれない理由の一つが、これです。
そういえば、聖書にも似たような概念が出てきますね。
「見えない目」という概念が…。
●感覚志向から内部志向へ
既に述べたように、人間の目は、ごく限られた範囲しか見えませ
ん。
では、感覚志向が強まり、感覚を過信するようになると、人間、
どうなるでしょうか?
目に見える範囲のことが、この世の全てだ!と錯覚するようにな
るでしょう。
そして、目に見える範囲のことしか見よう・調べよう・考えよう
としなくなるでしょう。
いわゆる“視野が狭い”人間になってしまうわけです。
中世の人たちが天球などという概念を信じていたのも、そのせい
だと言えます。
さて、目に見える範囲のことしか見よう・調べよう・考えようと
しなくなるということは、すなわち、ごく限られた範囲(=特定
の領域)のことしか見よう・調べよう・考えようとしなくなると
いうことでしょう。
つまり、その範囲の内側しか見よう・調べよう・考えようとしな
くなるということです。
こうして、感覚志向の人たちは、内部志向になってしまうわけで
す。
●内部志向から矛盾志向へ
さて、内部志向になるということは、外部とのかかわりに気付か
なくなるということです。
例として、下図を見てください。
┌───┐
│ │ ◆
│■ ▲│
│ │
└───┘
罫線で囲まれた範囲が、人間の視野だと思ってください。
すると、■と▲しか見えないことになりますね。
この人は、■と▲の間の相互作用は把握できます。
しかしながら、■と◆の間の相互作用は把握できません。
なぜなら、この人の目には、◆のことが見えていないからです。
そのために、■が◆から受ける影響を説明することができません。
つまり、視野の外にある◆が原因となる現象は、説明できないわ
けです。
困りましたね。
罫線で囲まれた範囲内にあるものだけで、この現象を説明しなく
てはならないとは…。
ま、説明できるわけがないのですがね。
でも、プライドが許さない!
そこで、感覚志向人間=内部志向人間たちが頼りにしようとする
のが、「矛盾」という概念なのです。
これは、もう、メカニズムなんか考えないということです。
どうせ、罫線で囲まれた範囲内にあるものでは説明できないので
すから。
もはや、メカニズムなんて、考えようとするだけ無駄というもの
でしょう。
そこで、現象の結果だけに注目するわけです。
そして、その結果になるのは、そうならないと矛盾することにな
るからだ!と居直るわけです。
こうして、矛盾が現象の原動力にされてしまうのです。
●具体性からの逃避
マルクス主義では、内部矛盾が発展の原動力になる…としていま
す。
でも、こんなものは、要するに、具体的なメカニズムは考えない
ということに他なりません。
つまり、何の説明にもなっていないのです。
もっとハッキリ言ってしまうならば、何でそうなるかわからない
から矛盾という概念でごまかしているだけなのです。
まさに空理空論の擬似科学なのです。
こうしてみると、マルクス主義がなぜ具体性がないのかも、わか
ってくるでしょう。
そして、こうした具体性からの逃避は、相対論や量子論にも見ら
れる特徴なのです。
「矛盾」の都合の良いところは、“なぜそうなるのか?”という
具体的なことを説明しなくてすむことです。
説明できたら、それは「矛盾」とは言わないでしょうしね。
●何でもありの世界
相対論や量子論もまた、感覚志向→内部志向によって生まれた擬
似科学です。
自分たちが考察の対象にしている領域の内側のことしか考えず、
外の領域のことは考えない。
だから、外の領域に位置する物が原因となる現象は、説明できな
い。
それを説明するには、矛盾に頼るしかない。
相対論や量子論に、小学生にもわかる矛盾があるのは、そのため
なのです。
矛盾は、弁証法(的唯物論)で「総合」すれば良い。
こうなると、もう、“何でもあり”の状態になる。
はては、矛盾しているから正しい…ということにできてしまう。
相対論の場合は、系の矛盾。
量子論の場合は、二重性という矛盾。
それらが、それぞれ「総合」されているわけです。
もっとも、相対論や量子論には「矛盾」とか「総合」といった概
念は、もろには出てきません。
代わりに用いられるのが、「常識が間違っている」という詭弁で
す。
これが意味しているのは、矛盾の総合の正当化に他なりません。
まさしく正体を隠しているわけです。
つまりは、隠れマルキシズムということです。
(つづく)
◎余談…マルクス主義は中華思想そのもの
さて、ここからは余談です。
ホシュを自称するの人たちの中には、中共はまもなく崩壊する…
と「期待」している人たちが少なくないようです。
ですが、それは甘い考えです。
中共は、そう簡単には倒れません。
なぜなら、マルクス主義は中華思想そのものだからです。
マルキストたちは、封建主義はもちろん、資本主義や自由主義を
低く見ています。
ところが、彼らは、なんと、自分たち(が信じ唱える社会主義=
共産主義)以外の社会主義のことも、低く見ているのです。
いわゆる、空想的社会主義という批判です。
つまり、彼らは、自分たち(の思想)以外の思想は、全て、低い
ものとみなしているわけです。
そして、自分たちこそが絶対的優越者なのだと信じているのです。
これは、まさしく中華思想そのものでしょう。
自分たち以外のものは、全て卑しい野蛮人。
自分たちだけが世界の華である…という意識です。
全く同じです!
ついでに言うと、内部志向という点でも同じです。
外の世界が見えていないし、見ようともしない。
中国は、今も昔も中華思想の国です。
となれば、この国にとって、マルクス主義よりピッタリの思想は
ないでしょう。
ですから、中華思想がなくならない限り、中共はそう簡単には滅
びはしないです。
ついでに…
同じようなことは、北朝鮮や韓国にも言えるでしょう。
こちらは、小中華思想。
最近の韓国が左傾化しているのは、決して偶然ではありません。
北東アジアの持病ですね、これは…。
このような国々と仲良くしようなんて、あまりに無茶な話です。
日本の悩みは、まーだまだ続く〜よ♪
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発行者:media
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