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           『科学』という思想信条 vol.65

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≪退化論…その15≫

 進化論に対する皮肉として提唱する退化論の第15回目です。
 今回も話題そのものは、生物についてではありませんが、たとえとして参考
 になると思います。

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<あまりに恣意的な評価>

 進化とは、より優れたものへと変化することですよね。
 でも、何が、あるいは、どちらが優れているか?ということは、簡単に決め
 られることではないでしょう。

 たとえば、文明人と未開人を比較してみましょうか。
 文明の利器を操るという点では、文明人の方が遙かに優秀ですよね。
 でも、文明の利器が無いと何もできない(故に生きてもいけない)のも事実
 なわけです。
 そこへいくと、未開人の方が優れているのではないでしょうか?
 文明の利器に依存しているとという点では、文明人の方が劣っていると言わ
 ざるを得ないでしょう。

 肉食獣と草食獣でも同じですね。
 暴力闘争では、肉食獣の方が優秀。
 でも、肉食獣は草食獣がいないと生きていけない。
 つまり、依存している劣等者なのです。

 このように、どこを見るかで、どちらが、あるいは、何が優秀なのか?、変
 わってきてしまうのです。
 つまり、優秀とか高等なんて概念は、(一部の)人間の感覚によって恣意的
 に決められていることなのです。
 ですから、客観的でもなければ、まして絶対的なものでもないのです。

 となれば、進化も何もあったものではないでしょう。
 その前提となるものが崩れてしまっているのですから。

 一部の人間の主観的・感覚的な評価を前提とする空想よりも、もっと物質的
 な面からの現実的探求を目指すべきでしょう。

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<進化の実態は依存>

 進化というシナリオは、人が創ったものです。
 進化は、自然現象なのではなく、人間の意志によって築かれるものなのです。
 その象徴といえるのが、NHKが盛んに売り込み続けてきた「デジタル進化
 論」でしょう。

 デジタルの進化は、まさに依存の産物です。
 デジタル技術は情報工学の産物ですが、情報工学だけでは駄目なのです。
 情報工学の技術を実現するために、情報工学以外の様々な技術が必要なので
 す。

 たとえば、電子工学。
 それも、アナログに関する技術が必要になります。
 デジタル回路はアナログ回路の一種にすぎないのですよ。

 さらに、電子回路等を作るには、様々な部品が必要。
 部品を作るには、材料の観点からは金属工学や化学工学等の技術が必要。
 また、材料を加工する必要がありますから、機械工学等の技術が必要。

 また、材料を得るためには資源が必要で、地質学とかが必要ですね。
 また、それを運ぶ流通が必要。
 また、地下資源の採掘とかには、肉体労働者が必要。
 さらに、海外からの資源を確保するのには、外交政治の力が必要。
 開発資金を得るには、金融のお世話にならなきゃいけない。
 作ったものが売れるためには、営業の人たちに頼まなければ…。

 …という具合に、様々なものに依存しまくっているのです。
 そう、進化とは見せかけで、実は依存しまくり状態なのです。

 まだありますよ。
 たとえば、デジタル家電が売れたのは、政治家が民意を完全に無視して、地
 上波デジタル化を強行してくれたおかげ。
 また、ジャーナリズムが「VHSとかアナログ製品は無くなるんだぞぅ」と
 世間を脅迫してくれたおかげ。
 依存しまくりです。

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<依存するアート>

 アートの世界にも、依存しまくっている分野があります。
 それが、デジタル・アートです。
 デジタルをヨイショするNHKのおかげで、いい思いをすることができたデ
 ジタル・アーチストたちが結構沢山いるのではないでしょうか?
 デジタル・アートは、最も進化したアートである…てか。
 これまた、依存する人たちですね。

 デジスタとかやってますけど…。
 デジタル・アートって、そんなに素晴らしいものなのでしょうか?
 技術的には目新しいものでも、その作品がそんなに人を魅了するものと言え
 るのか?ってことです。
 デジタル・アートって、発色が派手な割には単調で、すぐに飽きてしまうの
 ではないか?と思うのですが…。

 NHKがデジタル・アートをヨイショするのには、理由があります。
 それは、デジタル・アートは、(言葉ではうまく表現できないのですが)細
 かい情報が少ないからです。
 デジタル放送や、民生用のデジタル録画機器では、データの(不可逆)圧縮
 が行われているのですが、これは細かい情報に弱いのです。
 そういう情報があると、めちゃ画質が劣化するわけです。
 そこへいくと、デジタル・アートは、細かいデータが少ないものですから、
 ボロが出なくて良いわけです。
 また、CGアニメのような動画の場合は、画面を切り替えるタイミングをう
 まく選ぶことで、ブロック・ノイズのような(圧縮による)画質劣化がほと
 んどない映像を実現できます。
 ですから、デジタル高画質幻想を信じ込ませようとするNHKにとっては、
 非常に都合が良いわけです。

 でも、デジタルなんて、ただの道具・手段でしょう。
 そんなものを有り難がるのは、思想オタクだけですよ。
 問われるのは、出来上がった作品の芸術上の価値のはずです。

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<進化、発展、人為>

 デジタルは、依存のデパートです。
 そんなものを「進化」と呼ぶなんて、ヤラセでしかないでしょう。
 ま、確かに、ある面に注目すれば優れているところもあるのは事実でしょう
 し、技術の進歩であることも認めますけれどね。
 でも、依存というみっともない実態を隠してまで持ち上げるのは、いかがな
 ものかと…。

 ま、ハッキリ言えることは、「進化」と呼ばれているものは人為にすぎない
 ということですね。
 自然の流れなんかではないのですよ。

 そういう意味では、(社会)発展論と同じです。
 本当に彼らのシナリオ通りに社会が発展するのなら、革命闘争なんか必要な
 いのですよね。
 ま、類は友を呼ぶで、マルキストと進化論盲信者がだぶるのは、決して偶然
 ではありません。

 進化も(社会)発展も、人が人為的に作り出すものです。
 そして、そういうものは、確かに発展・進化し続けます。

 たとえば、朝日新聞の論調。
 NHK番組改編問題で、「政治圧力があった」という報道が、いつの間にか
 「政治との距離」に論点が進化してしまいました。

 日教組の主張も進化しています。
 あれだけ「ゆとりの教育」を主張していたのに、その弊害が隠せなくなると、
 今度は「文科省が悪い」と主張が進化しました。

 朝鮮民主主義人民共和国は、追軍売春婦のことを従軍慰安婦と、また、徴用
 のことを強制連行と、それぞれ呼び方を進化させました。

 中国は、南京事件のことを南京大虐殺とイメージを進化させ、さらに、その
 死者数や被害についても、年々、進化させ続けています。

 そう、マルは進化させるのが好きなのです。
 昨年度NHKが放送していた番組名ふうに言うならば、「進化させる心 進
 化させられる心」(*)といったところでしょうか。
 そう、進化には心のパワーが必要なのですよ。

 (*:オリジナルは「だます心 だまされる心」。そんな説教をしている
    ジャーナリズムが、南京大虐殺の証拠写真のウソを見抜けなかった
    のは、なぜ?)

                            (つづく)

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≪余談≫

 さて、ここからは本題とは関係のない余談です。

 この前、配信した「2005/05/01合同特別号」の「人を信じちゃいけないって
 ことですか?」という見出しの記事で、安全志向オタクたちの機械依存症と
 分裂症のことを皮肉ったのですが…
 案の定…というか、国土交通大臣が、新型ATSの導入を義務づけちゃいま
 したね。
 そう、「人を信じちゃいけない」と、あのオッサンは説いているのです。

 なーるほどねー、そんじゃー言わせてもらいますけど…
 あの「鶴の一声」で、ATSの業者は、えらい儲かったんとちゃいますぅ?
 国土交通省は、業者から大いに感謝されたのではないか?…と。
 で、社会人の常識として、お礼とかあったんじゃないか?…と。

 「人を信じちゃいけない」というのなら、これぐらいの懐疑精神は許される
 と思うのですが…。

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発行者:media
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