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           『科学』という思想信条 vol.53

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 引き続き、『ダーウィン進化論』について取り上げようと思います。
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≪退化論…その三≫

 進化論に対する皮肉として提唱する退化論の第三回目です。
 前回は、退化によって構造が生まれる可能性について説明しました。
 今回は、さらに、機能にまで踏み込んだ話をしたいと思います。

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<コピーだけじゃダメ>

 前回、(一部の)細胞が増殖能力において退化することにより構造が作り出
 せることについて説明いたしました。
 しかしながら、これだけでは、構造は作り出せても、(より高度な)機能を
 生み出すまでには到りません。
 同じ細胞が数を増やしていっても、ダメなのです。
 各目的にあったように、細胞が変化・分化していかなくてはなりません。
 事実、体の各部で、細胞は異なりますよね。

 つまり、細胞は、単純に(分裂により)自分のコピーを生み出し続けていて
 もダメなのです。
 ある段階で、自分とは異なるものを生み出さねばならないのです。

 そこで、退化論では、(分裂によって)新たに生じてくる細胞が退化するこ
 とによって、もとの細胞とは異なる細胞になる、と考えるわけです。

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<専業化による分業>

 では、なぜ、「退化」なのでしょうか?
 それは、退化論では、「分岐」に関して「分業」という考え方をするからで
 す。
 分裂によって新たに生じてくる細胞は、もとの細胞とは異なっていますが、
 これも一種の「分岐」ということができます。
 この分岐の仕方が、分業という形で行われるわけです。
 「分業」とは、すなわち、「役割分担」のことです。

 さて、「分業」のためには、「専業化」が必要になってきます。
 これは、生体を人間社会に、細胞を社会を構成している個人にたとえると、
 わかりやすくなります。
 専業化するということは、各々のものが自分の担当業務に専念しなければな
 らない、ということです。
 裏を返せば、他のことはやらない、やってはいけない、ということです。
 そう、他人の(職務上の)領分を侵してはならないわけです。

 ですから、個々のものは、自分の担当以外のことができる可能性を捨て去ら
 なければならないわけです。
 そうしなければ、余計なこと、すなわち、他人の領分を侵してしまう可能性
 が出てきてしまいますよね。
 このため、自分の専門に必要でない能力(や機能)は破棄する、というわけ
 です。
 そして、こうした能力(や機能)の破棄が、退化によって起こる、と考える
 わけです。

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<譲り合いと競争>

 退化論のこうした考え方は、人間社会にたとえるならば、「譲り合い」とで
 も言えることだと思います。
 互いに譲り合うことで、分業化が進む、というわけです。
 そして、そのためには、細胞は不要・無用なものを失うよう退化していかな
 くてはならない、と考えるわけです。

 もし、譲り合いがなかったら、すなわち、細胞の退化がなかったら、どうな
 ってしまうでしょうか?
 想像してみて下さい。
 細胞どうしは張り合って譲り合わず、いつまで経っても役割分担は進まない
 ことでしょう。

 まして、細胞が「進化」するものだったとしたら…
 細胞間で生存競争が…
 そして、あげくの果ては自然淘汰…な〜んてことになってしまうかもしれま
 せん。
 こうなってくると、もう、役割分担どころではなくなってしまいます。
 当然、高度な機能を有することなど、到底できません。

 余談ですが、こんなところからも、進化論の胡散臭さが見えてくるのではな
 いでしょうか?

 戦争(紛争)多発地域を見て下さい。
 似たものどうしが争ってばかりいて、いつまで経っても高度で豊かな社会は
 実現しませんよね。
 やはり、双方が引いて、互いに譲り合い、役割を分担することによって、そ
 れは実現可能になるのです。
 まあ、「闘争」とか「ナントカ・フリー」とかに夢中になっている思想オタ
 クの人たちにとっては、死ンデモ理解したくないことでしょうが…。

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<パーツ>

 細胞が増殖していく過程で退化することにより、高度な機能を実現するため
 に必要なパーツ(部品)が出来上がっていくという退化論のこうした考え方
 は、決してそれほど突飛なものではありません。
 主流学説にも、たとえば、爪は皮膚が退化したものであるとする説がありま
 す。
 退化論は、こうした考え方を、生体のあらゆる部分に適用するという、さら
 に徹底した理論なのです。

 加えて退化論では、こうした考え方を、「細胞」のような微視的なスケール
 の問題だけにではなく、「種」のような巨視的なスケールの問題にも適用す
 るところに特徴があります。
 こうすることで、あらゆるスケールの問題を統一的に説明できるようになる
 というわけです。
 (注:誤解のないようにお断りしておきますが、「統一的に説明できる」
    ということと、誰かさんたちが大好きな「統一する」ということと
    は、意味が違いますので、混同しないよう御注意願います。)

 次回も、退化による分業の考え方について説明しようと思います。

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≪余談≫

 出口の見えぬ不景気や負担増で家計が苦しい庶民の痛みも考えず、デジタル
 やらハイビジョンやらを、民意を問うこともなしに、トップダウン方式で、
 計画経済的に国民に押しつけようとするNHKは、もはや「公共放送」と呼
 ぶには値しないものだと私は思います。
 あれは「人民放送」とでも言うべきです。
 その方がぴったりでしょう。

 そんなNHKが、進化論や相対論といった「赤い科学」を盛んにヨイショし
 ているのは、なるほど、理にかなったことだと思います。

 そういえば、デジタルには双方向機能があり、視聴者参加が可能になる…な
 んて宣伝してますけど、ならば、もしNHKにとって都合の悪い意見投稿と
 かがあったら、どうするつもりなのでしょうか?
 無視するんでしょうか?
 それじゃあ、ぜーんぜん、「視聴者参加」じゃないじゃないですか。
 いや、むしろ、「視聴者参加」を気取っているぶんだけ、かえって「たち」
 が悪いと言えます。

 「人民放送NHKに経済制裁を!」と叫びたくなる今日この頃です。

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発行者:media
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