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           『科学』という思想信条 vol.22

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 前回に引き続き、『ダーウィン進化論』について取り上げようと思います。
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<神と遺伝子>

 ある種の宗教の世界では、神が人間を創造したことになってます。
 さらに、人間の運命もまた、神の意志によって決められることになっていま
 す。
 つまり、神こそが絶対的・根本的なものであり、人間は従属的・派生的なも
 のにすぎないというわけです。

 現代の正統科学における遺伝子のイメージもまた、これと似たようなところ
 があるのではないでしょうか?

 遺伝子は、細胞や生体の設計図とされています。
 つまり、遺伝子こそが絶対的・根本的なものであり、細胞や生体は従属的・
 派生的なものにすぎないというわけです。
 これは、ちょうど、JavaやC++ などにおける、クラスとオブジェクトのよう
 な関係と言えるでしょう。(クラスからオブジェクトが生成される)

 このように、生物学において、遺伝子は、今や、宗教における神のような存
 在として位置づけられている観があります。
 そして、このようなイメージがあるからこそ、
 「遺伝子を研究すれば、生命の全ての謎が解ける」
 と信じることができるわけです。
 また、さらに、
 「遺伝子により、ダーウィン進化論の正しさが証明できる」
 などと豪語することができるのです。

 しかし、こうしたイメージが、もし、正しくなかったとしたら…
 それらは全て熱狂にすぎなかった…ということになるでしょう。

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<遺伝子は一匹狼ではない>

 細胞が分裂する際には、当然のことながら、遺伝子が複製されます。
 そして、これに関しては『自己複製』という言い方まであったりします。
 そのせいか、遺伝子には自力で複製する能力、単独で生きていける能力があ
 るかのように思われがちです。

 しかし、遺伝子というものは、決してそのようなものではなく、単独では存
 在し続けることすら難しいものなのです。

 遺伝子の複製は、時折、失敗することがあります。
 時には、その失敗作が、生体にとって脅威となることがあります。
 癌は、その良い例です。

 このような失敗作が生まれるのは、遺伝子が周囲からの影響を受けているか
 らです。
 実は、遺伝子の複製は、周囲の条件が整わないと不可能なのです。
 つまり、遺伝子は単独で存在し得るものではなく、周囲のものと共存してい
 るものなのです。
 これは、言い換えれば、遺伝子は、神のような超越的な存在ではなく、人間
 同様、周囲と協調していくことで存在可能なものだということです。
 したがって、遺伝子は、神のごとく、細胞や生体を支配するものではなく、
 細胞や生体の一部にすぎない、ということになるのです。

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<データ・ファイル>

 こうしてみていくと、遺伝子は、決して根本的なものとは言えないことがお
 わかりいただけるでしょう。
 細胞や生体をコンピューターのプログラム(ソフト・ウェア)にたとえるな
 らば、遺伝子は、『設計図』というより、むしろ、『データ・ファイル』に
 相当するもの、と言うべきです。

 データ・ファイルは、プログラムの動作に影響を与えるものです。
 したがって、データ・ファイルを調べれば、プログラムのその後の動作を予
 測することが可能に思えます。

 ですが、データ・ファイルは、そのプログラムによって書き換えられてしま
 うことがあります。
 したがって、データ・ファイルを調べても、プログラムのその後の動作を完
 全に予測することはできません。

 だとすると、遺伝子にも同じことが言えるのではないでしょうか?

 ちなみに、データ・ファイルは、外部から書き換えることができます。
 そうすれば、プログラムの動作も変更することができるでしょう。
 それも、プログラム自身が書き換えた場合とは全然別の形に書き換えること
 ができ、そうすれば、プログラムは本来起こり得ないような動作をすること
 でしょう。(例:コンピューター・ウィルス)

 最近流行の遺伝子操作にも、こうしたことが言えるのではないでしょうか?

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<ジレンマ>

 しかしながら、このように、遺伝子を神(設計図)の座から、人間(データ
 ・ファイル)の地位にまで引きずりおろしてしまうことは、現代の正統科学
 においては、最大のタブーとされることでしょう。
 少なくとも、「遺伝子により、ダーウィン進化論の正しさが証明できる」と
 宣う人たちからは、猛烈な怒りを買うに違いありません。

 もし、遺伝子がデータ・ファイルのようなものだとすれば、それを調べても
 生物がその後どのようになっていくのか、予測できないことになります。
 となれば、その種が、どの種に進化していくのかも予測できなくなります。
 つまり、遺伝子だけを調べても、系統樹上のつながりが証明できないことに
 なってしまうのです。
 加えて、遺伝子操作の結果も、進化の正しさを証明するものではなくなりま
 す。
 これでは、彼らがヒステリを起こすのも無理はないでしょう。

 しかしながら、遺伝子が神のごとく絶対的・根本的なものだとすれば、それ
 は普遍的なものとなりますが、逆に、それでは、遺伝子が周囲からの影響で
 変化することはなくなってしまいます。
 つまり、これでは、進化は起こり得ないことになってしまうのです。

 書き換え可能なものとすれば、種の間のつながりが証明できなくなり、書き
 換え不可能なものとすれば、進化という現象そのものが否定されてしまう。

 こうしたジレンマが指摘されないのは、何とも奇妙なことではないでしょう
 か?

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発行者   : media
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