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             性格偏執狂時代 vol.175

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≪民主党政権とマスゴミの責任転嫁トリック…その11≫

 今回は、『法』をめぐる悪知恵を追求してみたいと思います。

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<裁判官はプレート境界問題がお嫌い>

 福島第一原発事故が起きた一番の原因は、津波の高さの想定が低すぎたから
 なのですが、その原因となったのは、日本の、特に国の地震学者たちが、プ
 レート境界の滑りやすさ(にくさ)の診断を誤ったからです。
 従って、この事実を証拠とすれば、東電の責任は問えないことになり、逆に、
 国には責任があるという判決が裁判では下されることになるはずなのです。

 ところが、実際の判決では「東電に責任あり」とする判決ばかりです。
 しかも、その中には、「国には責任無し」とするトンデモ判決まで数多く存
 在する有様です。

 こうしてみると、世の裁判官たちは、プレート境界問題が大嫌いなことがわ
 かります。
 いくら彼らが文系人間だとしても、この非科学的…いや、そんなのではない、
 反科学的態度は、あまりに酷すぎます。
 こういう酷い態度を見せつけられると、つい、「裁判官なんて、所詮は法学
 の専門バカでしかない」と言ってやりたくなります。

 いや、もっと正確に言うなら、「法学の専門バカ『以下』」ですね。
 たとえ法学の専門バカでも、事実を無視するなんてことは、普通、しないで
 しょうから。

 では、なぜ、裁判官たちは事実を無視する判決を下したがるのでしょうか?
 そこが、今回の話の重要なポイントなのです。

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<「法にのみ基づく」主義がもたらす不合理・不条理・理不尽>

 なぜ裁判官たちは事実を無視する判決を下したがるのか?
 それは、彼らが「法にのみ基づく」ことを使命だと思っている人たちだから
 です。

 法にのみ基づこうとするから、法以外のものは無視しても良いことになる。
 特に、法に基づくことによって得られる結論(すなわち、判決)に都合の悪
 いものについては、積極的に無視・拒絶するのが良いということになる。
 だから、彼らは、学者たちによるプレート境界診断ミスという事実を完全無
 視するのです。

 なるほど、確かに、筋は通っています。
 でも、そのせいで、事実を否定する非論理的で反科学的な結論(判決)にな
 ってしまっていることも事実です。
 こうしてみると、「法にのみ基づく」主義も、時と場合によっては考え物と
 いうものでしょう。

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<悪法にのみ基づいている裁判官たち>

 それにしても、なぜ、「法にのみ基づく」やり方が、事実を否定することに
 なってしまうのでしょう?
 それは、彼らが基づいた「法」が『悪法』だからです。

 悪法にのみ基づけば、不合理・不条理・理不尽に満ちた結論(判決)に到る
 のは当然のことでしょう。
 「悪法も法なり」といって死刑を受け入れたというソクラテスも、『悪法』
 によって有罪とされたのですからね。

 困ったことに、戦後教育に毒された人たちには、「法にのみ基づく」ことが
 絶対的に良い(客観的で知的な)ことなのだと思い込んでしまっている人が
 非常に多いように思います。
 特に高学歴の人ほど、そうした傾向が強いように思います。
 ですが、そんなのは、真っ赤に洗脳されてしまっている証拠です。
 上で示したように、法が悪法なら、それは悪法にのみ基づくことになってし
 まうのですから。
 それは、司法を醜悪な暴力装置にしてしまうのです。
 それが知的な者のすることでしょうか?

 ついでに指摘しておきますと、法治主義を独裁と対峙させる教義も、真っ赤
 な思想の一種です。
 現実の独裁国家は、その多くが法治主義国家なのですから。
 特に共産圏国家は、そうです。
 そうなる理由については、もはや説明の必要はないでしょう。

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<法を悪法に変えるという悪知恵>

 さて、ここまでくれば、民主党政権が何をやったか、もう想像はつくでしょ
 う。
 そう、まともな法を、自分たちに都合のいい悪法に変えるという悪知恵を用
 いたのです。

 では、その法とは何かというと、原子力賠償法です。
 もともとは、誰も予測できなかった大災害が原因となった事故の場合に、事
 業者を免責にする(国が責任を負う)というものでした。
 誰も予測していなかった災害は不可抗力というものであり、一方、原発推進
 は国策だったのですから、この程度の免責は、あって当然です。

 そんな『善』法を、免責を許さない『悪法』に変える(それも事後に)とい
 うとんでもないことを、民主党政権はやったのです。
 国の責任を東電に押し付けるために。

 こんな破廉恥が許されていいわけがありません。
 国は事業者を騙したことになりますし、罪刑法定主義にも反します。

 ならば、なぜ大問題にならずに済んでいるのでしょうか?

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<文は変えずに法を実質変えてしまう極悪トリック>

 実は、民主党政権は法改正をしてはいないのです。
 つまり、法そのものは変えていないわけです。
 なのに、実質的には変わってしまっている。
 これは、一体、どういうことなのでしょうか?

 ここが、今回の話のクライマックスなのです。
 民主党政権が用いた極悪トリックの正体!
 それは、『法の文は一切変えずに、文で表現されていないことを変えてしま
 う』というトリックです。

 原子力賠償法では「異常に巨大な天災」という表現が用いられています。
 でも、これは具体性を欠く表現です。
 ですから、いわゆる『常識』に判断をゆだねることになるわけです。

 誰も予想していなかった巨大津波は、常識的には、「異常に巨大な天災」と
 なるはずです。
 ですから、事故の原因となった東日本大震災の巨大津波は、「異常に巨大な
 天災」になるはずなのです。

 ところが、当時の政権は、常識を侮辱するサヨク政権でした。
 だから、東日本大震災の巨大津波は「異常に巨大な天災」とは言えないとい
 うトンデモ論を展開できたのです。

 そして、それを正当化するために、文部科学省に「「異常に巨大な天災」と
 言えるのは、たとえば小惑星の衝突などだぁ!」という趣旨のトンデモ発言
 をさせたです。
 東電の人間はもちろん、全人類の大多数が生き残れそうもないような大災害
 だけを「異常に巨大な天災」とするなど、まともな人間の感覚とは、とても
 言えないでしょう。
 そんな免責など、全くの無意味です。
 文部科学省のおふざけぶりは、世間を完全にバカにしきったものです。
 そんなことを民主党政権は官僚たちにやらせたのです。
 まさに人間のクズ政権です!

 このように、民主党政権は、法の文で表現されていないことを(常識から非
 常識に)変えるという狡猾なトリックを用いて、法を実質変えてしまったの
 です。
 しかも、文は変えていないので、罪刑法定主義は守られたってわけです。
 全く、何て狡賢い連中なのでしょう!

 それに巻かれていしまってるホシュ・ウヨクも、なっさけな〜い。
 やっぱり、ぜ〜んぜん、頼りにならない連中です。

 法曹界も、役立たずです。
 裁判官たちは、実質、事後法で裁いていることになるのですからね。
 それを放置するとは、恥の意識というものが無いようです。

 このように、「法」というものは、とても危険なものなのです。
 法は凶器となり得るものなのであり、司法を狂気の暴力装置にしてしまう効
 力を有しているのです。
 そんなものを神のようにありがたがるなど、愚の骨頂というものです。

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<事故原因の解明を妨害している法の公害>

 東電に責任ありとする司法の判断は、事故原因の解明を妨害するものでもあ
 ります。
 考えてもみて下さい。
 彼らは、東電の免責を実質認めない法にのみ基づくことにより、東電に責任
 ありという判決を下しているのです。
 ですから、『学者どもによるプレート境界誤診』という事実は完全無視して
 いることになるのです。

 従って、こんなやり方が正当なやり方だということになれば、『学者どもに
 よるプレート境界誤診』を事故原因から外すということもまた正当なやり方
 だということにされてしまうおそれが大いにあるのです。
 「裁判で証拠として認められないことは、科学とは言えない」と考えるバカ
 が、世の中には沢山いるのですから。
 インテリ・エリートたちの中にさえ。

 こうしてみると、「法にのみ基づく」ことを誇りにしている司法のやり方は
 事故原因の解明を妨害していることがわかるでしょう。
 これは、司法が科学の敵になってしまっていることを意味します。
 そして、法には科学を蝕む公害があるということをも意味しています。

 ちなみに、地動説を主張したガリレイを有罪に追い込もうとしたのは、当時
 の司法です。
 法にのみ基づく裁きが、中世の暗黒時代をもたらしていたのです。
 このように、法というものは、しばしば科学を蝕んできた歴史のあるものな
 のです。
 それは、また、真実を葬ってきた歴史があるということでもあります。

 ソクラテスは、「悪法も法なり」とは言ったことになっていますが、「悪法
 も正義なり」とか「悪法も真理なり」とかとは言っていないはずです。
 「悪法も法なり」とは、法も悪となり得るということを意味する言葉なので
 す。
 事実、民主党政権は、法を悪用して責任を東電に擦り付けたではありません
 か。
 法を正義とか真理とみなすのは、いかれた偶像崇拝者のすることです。
 法は人がつくったものなのですから。

                           (次回に続く)

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発行者:media
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