002-01
風力発電と異常気象の因果関係を理解するためには、自然科学の知識が必要である。一つは、風力発電の原理。もう一つは、気象(や気候)における風の役割。まずは前者から説明する。

002-02
風とは、空気という物質の運動(流れ)である。つまり、風力発電とは、空気の運動エネルギーを利用して発電機を回すものなのだ。そこで問題になってくるのが、エネルギー保存則である。

002-03
風の立場になって考えて欲しい。フリーエネルギーの世界でもない限り、発電に利用された側はエネルギーを失うはずだ。つまり、風の実体である空気は、運動エネルギーを失うことになるのである。

002-04
空気が風力発電機に対して仕事をするから、電気のエネルギーが得られるのだ。仕事をすれば、当然、エネルギーを失う。風は弱まる。吹くべき(強さの)風が吹かなくなる。結果、気候異変が起きる。

002-05
仕事をするということは、相手に作用を及ぼすということ。だが、作用を及ぼせば、必ず反作用を受ける。この風力発電機からの反作用が、空気の運動(流れ)を阻害する(風を弱めてしまう)のだ。

002-06
反作用の大きさ(強さ)は、作用のそれに等しい。風(流体である空気)は、それだけ風車から抗力を受けるのである。弱まって当然だろう。その抗力を生み出す最大の要因となるのが発電機だ。

002-07
風車の回転は、直接または歯車等を介して、発電機に伝えられる。発電機の内部には、磁石とコイルが存在する。この両者が、軸の回転によって、相対運動することにより、誘導起電力が生じる。

002-08
磁石とコイルとが相対運動すると、両者の位置・距離が変化し、コイル内の磁束が変化する。すると、電磁誘導により、コイルに起電力(電位差、電圧)が生じる。実は、これが抗力の原因となるのだ。

002-09
電磁誘導により起電力が生じると、コイルに電流が流れる。こうして発電が実現するわけだが、問題は、この電流の向きである。なぜなら、電流が流れると、コイルは電磁石と化すからだ。

002-10
コイルが電磁石と化せば、その極性しだいで、相対運動する磁石との間に、斥力や引力が働くことになる。実は、これが抗力の正体なのだ。ちなみに、電磁石の極性は、電流の向きによって決まる。

002-11
磁石とコイルが近づこうとすると斥力が、遠ざかろうとすると引力が、それぞれ生じるような向き(極性)に、コイルは電磁石化する。これにより、磁石とコイルの相対運動は阻害されることになる。

002-12
電磁誘導には、変化を妨げようとするところがある。磁石との相対運動によりコイル内の磁束が変化すると、それを妨げるような磁界をコイルに発生させようとする。(起電力→電流→磁界発生。)

002-13
電磁誘導によりコイルに発生した磁界は、既に説明したように、磁石との間に、相対運動を妨げるような(磁)力を生み出す。ちなみに、相対運動とは、位置関係(距離等)が変化する現象である。

002-14
以上のように、電磁誘導は、変化(相対運動)を妨げようとする電磁現象なのだ。よって、これを発電に利用する以上、抗力が発生してしまうのは、原理的に避けられない宿命なのである。

002-15
抗力がある以上、発電機を回す側は、仕事(=力×距離)をせねばならず、そのために、エネルギー(や運動量)を失うことになる。つまり、発電機は、ブレーキとなるものなのだ。

002-16
ちなみに、この抗力を逆手に利用したのが電気ブレーキで、電車等に搭載されている(註:モーターは発電機にもなる)。さらに、発電された電気を電源側に戻す省エネ技術が、電力回生ブレーキだ。

002-17
発電機は、それを回す空気にとって、ブレーキとなるものだ。故に、空気は運動エネルギーや運動量を失うことになる。その流れは悪くなり、風は弱まることになる。以上が自然科学の結論である。

002-18
ところが、この結論を頑として受け入れない人たちがいる。空気が透明なため、その様が目に見えないせいもあるが、それ以外にも理由は考えられる。以下に、それらのいくつかを挙げてみたい。

002-19
一つは、流体力学で用いられる流線の問題。視覚に訴えるものだけに、幻惑されやすい。そのなめらかな曲線美を見てしまうと、風車によるエネルギー喪失の実感が湧かなくなってしまうのだ。

002-20
流線は、流体の速度の向きは表すが、大きさ(=速さ)は(直接的には)表さない。一方、流体のエネルギーは速さが関係する。それ故、風車によるエネルギー喪失の様が見えてきにくいのだ。

002-21
さらに、風車は回転するので、流線は変化する。このため、流跡(流体分子の軌道)とは一致しなくなる。これでは、エネルギー喪失(流体分子の減速)の様など、見えてくるはずがない。

002-22
風が弱まるという結論が受け入れられない二つ目の理由は、風車の専門家が、流体機械(工学)の専門家であって、気象や気候の専門家ではないことだ。彼らにとって重要なのは、機械の性能である。

002-23
風車が単数の場合、性能に関係があるのは、『風が風車に与える影響(作用)』である。『風車が風に与える影響(反作用。主として、発電機からの抗力)』は、関係なく、故に、重要視されない。

002-24
『風車が風に与える影響(反作用)』が性能に関係してくるのは、風車が複数存在する場合である。しかし、この場合でも、他の風車の動作に深刻な影響が出さえしなければ、問題にはされないのだ。

002-25
つまり、彼らは、『他の風車が存在する場所』以外の場所における風への影響については、考えないのだ。故に、自然界への影響についても考えていないことになる。

002-26
環境にも、いろいろある。風車という機械が動作する(回る)ための環境もあれば、風車という商品が売れるための環境もある。確かに、彼らは、これらの環境については、よく考えている。

002-27
だが、それらは、環境問題と言う時の環境とは別物だ。「環境にやさしい」などというキャッチ・フレーズに騙されてはいけない。風車の自然環境への影響は、全く考えられていないのだから。

002-28
風が弱まるという結論が受け入れられない理由を、もう一つだけ。それは、風のことを、洪水と、イメージ的に混同している人が多いことだ。両者は、似て非なるものである。

002-29
堤防を乗り越えてきた水には、確かに、猛烈な勢いがある。そこで、混同している人たちは、風車を回した後の空気についても、これと同じように、「勢いがある(戻る)」と思い込んでしまうわけだ。

002-30
混同してはいけない。堤防に乗り上げた水には、高さがある。そこで得た位置エネルギーが、堤防越え後の水の落下により、運動エネルギーに変わる。こうして、水は勢いを得るのである。

002-31
これに対し、風車に当った空気の場合は、(風車全体もしくは一周期の平均で見れば)高さがあることにはならない。これでは、空気は、位置エネルギーを得られず、故に、勢いを得はしない。

002-32
ちなみに、水は、空気と屈折率が異なるために、その振る舞いの様を見ることがある程度可能だ。が、風(空気)は、そうではない。故に、洪水との違いを見る(知る)機会もないわけである。

002-33
風車により奪われたエネルギーが、空気(風)に戻ってくることは、ない。風車も、それを利用する人間も、自分が得たエネルギーを、空気に返したりはしないのだから。

002-34
単位時間あたりの風のエネルギーは有限である。無限でない以上、それを消費すれば、風は、当然、弱まってしまう。「再生可能」などという擬似科学的宣伝文句に惑わされてはいけない。

002-35
話を発電機に戻そう。発電機がブレーキになることは、自転車の(発電機式の)ライトを点けるとペダルが重くなる(∴疲れる)ことでも体験できる。風力発電機を回す風にとっても事情は同じだ。

002-36
風力発電機は神ではない。故に、無からの創造など、あり得ない。よって、エネルギーを得るには、他から搾取するしかない。これが、エネルギー保存則が支配する物質の世界の現実というものだ。

002-37
風のエネルギーは、発電のためだけに消費されるわけではない。風力発電機は機械である。機械である以上、ロスというものが必ずある。よって、その分だけ、風はさらに弱められることになるのだ。

002-38
風力発電機は、単に風を弱めるだけのものではない。風にとって、障害物となるものである。つまり、風(気流)を乱すものにもなるのだ。乱された流れは自然には直らず、これまたロスの原因となる。

002-39
風車のような障害物があると、流れが悪くなる。すると、それを迂回するように流れが変わる。つまり、風の経路が変わってしまうのだ。これもまた、気候変動の原因となることである。

002-40
以上の話から、風力発電が原理的に風を弱め乱すものであることが、少しはおわかりいただけたと思う。そこで、次回からは、「気象や気候における風の役割」の話に進むことにする。

戻る